種目、決まる

中学2年生に上がり、自分は今後陸上でどうなるんだろうと考えていた。そんな中、4月の大きな大会を前に監督に呼び出された。

「前のハードルのタイムを見て、悪くはなかった。初めてのハードルであのタイムならこのままハードルがいいと思うが、どうする?」

深く考える間もなく、「はい!」と答えていた。そこからハードルの種目練習に合流させてもらい、優しい先輩に教えてもらいながら練習を重ねる日々が始まった。

思いがけない記録

迎えた次の大きな大会で、20秒を記録した。成長期だったこともあり、いつかは伸びるだろうとは思っていたが、思いのほかの記録に素直に嬉しかった。

そこから、だんだんと熱が入り始めた。自分はハードルとハードルの間を3歩で行くことができず、4歩でつないでいた。学校から帰った後も、家の前で練習を繰り返した。ロープにハードルの間隔を測って印をつけ、地面に置いて跨ぐ練習。足の力があれば速くなると考え、距離を決めたバウンディングを何本も走った。

その積み重ねで、タイムは19秒まで縮んだ。

新人戦とR君

新人戦を控えたある日、練習でハードルを使いたいのに、知らない人に声をかけなければならないタイミングがあった。思い切ってR君という選手に「使っていい?」と話しかけた。

「いいよ」

そこから、お互い同い年で記録も同じくらいだと知り、話が弾んだ。

そして迎えた新人戦。いつも通りに出走し、何とか走り切った。いい順位ではないだろうと思っていたが、結果は6位入賞だった。R君は4位。悔しがっていたR君の姿は、今でも覚えている。

この入賞がきっかけで、地区の代表に選ばれることになった。

合宿への不安

地区代表の合宿の連絡が来た。親は喜んでくれたが、自分は不安に絡まれていた。また合宿か、あのときと同じような感じになるのだろうかと。知り合いは誰もいない。やっていけるのだろうかと。

「あなたなら大丈夫」

そう言われて、なんとか参加することができた。

合宿では、他のハードル選手や、他の種目の強い選手たちと関わることになった。みんな意識が高いのだろうと身構えていたが、実際に話してみると、ほぼ自分と変わらないんだと知った。そこで新しい友達に囲まれ、合宿を終えることができた。

バスから降りて、親の車を見つけたときの安堵は、今でも覚えている。

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はじめまして、みーです。 放課後等デイサービスで働きながら、農福連携の活動として屋上で野菜づくりにも取り組んでいます。 小学生の頃に不登校を経験し、その後も転職や仕事、人間関係など、たくさんの遠回りをしてきました。 このブログでは、不登校の経験、放課後等デイサービスでの仕事、農福連携、保育士資格への挑戦、そして日々の学びを発信しています。 同じように悩んでいる誰かが、「自分だけじゃない」と思えるきっかけになれたら嬉しいです。